北の大地で研修中 ニポラー日記
家庭医・総合医をめざして北海道の各地でニポラー(ニポポ研修医ニポポ研修OB)が活躍中です。 そのニポラー(研修医とOB医師)と指導医の日記です。楽しんでお読みください 。
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2010
05,18
19:25
むつかしいひと
CATEGORY[未選択]
月に
1
回札幌へ出張しているが、そのときに同じく地域医療に従事する仲間と話す機会がある。その中で「むつかしい患者」が話題になって、それが面白かったので紹介したいと思う。
ある医師の話。受け持ちになった患者、そしてその家族が自分のことをはっきりこうして欲しいと主張する、それを当初「むつかしい」と感じていたが(転院だったが前医からの紹介状に「むつかしい方です」との情報提供があり、それに刷り込まれたという側面もあるらしかったが)、人間関係ができて相手のことが理解できるようになると「むつかしい」のではなくむしろ素直な患者であり、患者思いの家族だったということだった。
患者さん、そしてその家族が当人のためにこうして欲しい、と希望を伝えることはむしろ当然である。それを否定しては治療どころか人間関係を作ることさえままならないだろう。しかし、日本の多くの病院では医師はおおくの患者を「こなさ」なければならない。また患者さんも多くの方がまだ自分の知らない分野の専門家である医師について遠慮をもっている。だから多くの患者さんは、また家族は
「よろしくお願いします」
という。そんな状況の中で主張をする人が現れると、医師はその患者、家族を「むつかしい」と感じてしまうものらしい。
確かに自分自身の診療を振り返ってみても、忙しいときに他の患者の何倍も時間がかかることを要求されたりするといけないなあ、と思いつつ面倒くさく感じたり、高いレベルのことを要求されたりすることに慣れていないこともあって「むつかしく」感じたりすることはある。
もちろん無茶な要求を無理な設定でする人も、例えば夜中の救急で仕事が忙しいから薬を出してください、と来たりする人もいるけれど概ねは不安や希望やそういった自然な感情から行動していることが多いのではないか、と反省させられた。
「むつかしさ」を相手に設定するのではなく自分の感情の中に設定していることが多いのかもしれない。なんでもそうだろうがいかに相手の立場に立てるかという観点が必要なのだろう。
それは自分のことに置き換えてみるとよく理解できる。もし私が、もしくは私の家族が病気になれば間違いなく自分は「むつかしい」患者なり家族なりになってしまいそうだ。あれやこれや主張して医師やスタッフの手を煩わすことになるだろう。それはやはり些細なことであっても最善を求めるからで、それは気持ちとしては当然の感情だろう。
それにしても患者の感情を汲み取れない現状ってどうだろう。個人に問題がなくはないが、忙しすぎる現状も問題だと思う。こういうのを解決するにはどうしていったらよいものだろうか?
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