北の大地で研修中 ニポラー日記
家庭医・総合医をめざして北海道の各地でニポラー(ニポポ研修医ニポポ研修OB)が活躍中です。 そのニポラー(研修医とOB医師)と指導医の日記です。楽しんでお読みください 。
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2010
03,26
01:47
タイトルなんてどうでもいいんですよ
CATEGORY[nipo]
今いる病院での1年間が終わるわけです。
速いねぇ。今までの人生でもかなり速く感じる一年だったよ。
この1年間は・・・・(長いので以下省略)
さて、今日は訪問診療の最終日。入院から継続で診ている一人の患者さんの家に行くと、ベッドで寝ている患者さんが私の顔見るなり「今度は遠くに行くんだって。今までお世話になりました。」と言ってくれた。
正直私は驚いた。以前は全然こんな風ではなかったのだ。
医学を学んで、わかったような顔して医者なんてやってるけど本当は人間のことなんてこれっぽっちもわかっちゃいないんだ。
初めて見たのは4月、入院時の担当医になった。色々あって3カ月くらい入院してた。
内科的問題を解決した後、腰痛でほぼ寝たきりになり、在宅調整に苦労した。
その後も色々あった。色々あったが徐々に動けなく、食べられなくなっていった。
そして12月再入院。このときは本当に困った。
なんせまったく食べられないのだ。口に入れた食べ物をそのまま出してしまう。
誤嚥ですらない、嚥下を忘れてしまったかのようだった。
活動性は著名に低下。認知もひどくなっていた。意思疎通もできてるんだかできてないんだか・・・・
困った末にPEGや経管栄養の話もした。本人も家族も望まない、行わない、そう決めた。
話し合いの中泣きだす家族もいた。同席の看護師はもらい泣きしてた。(実は私も)
つらい話だが立派な決断だと思った。
年取って食べられなくなった時PEG入れてまで生きたいなんて私だったら全然思わないし、
そう考える人のほうが多いはずなのに、多くの場合はその通りにはならない。
何もしない決断のほうがずっと難しくて、勇気がいるのだ。
そこからまた色々あって家に帰ることになった。
そして家に帰った途端に食べることを思い出したのだった。え?マジで?メロンおかわり?何それ?
そして訪問診療で行くたびに元気になっていった。そして今日のあのセリフだ。
患者さんは感謝してくれてるみたいだが、私は何もやってないし、何もできなかった。
多分私の力よりも、患者さんの周りをうろちょろしている二人の孫(またこれが可愛いんだ。)のほうが
ずっと力になってると思うんだわ。
と、まぁそんなことがあった。
この件から僕が学んだことは(以下略)
クリニカルパールなんて(ry)
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