北の大地で研修中 ニポラー日記
家庭医・総合医をめざして北海道の各地でニポラー(ニポポ研修医ニポポ研修OB)が活躍中です。 そのニポラー(研修医とOB医師)と指導医の日記です。楽しんでお読みください 。
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2010
07,09
13:02
看取りの光景
CATEGORY[未選択]
在宅看とりをするために夕方にそのお宅を訪れた。いい天気。夏至間際でまだ高い位置におひさまがあって夕方にもかかわらず少し蒸し暑い。訪問診療の車を降りると、タイミング良くチーンとリンの音が聞こえたので、思わずぷっと噴き出してしまった。まだ早いんじゃないか。
中に入ると、座れないくらいに人が居る。今来た中には泣いている人もいるが、おおむねは冷静で中には笑っている人もいる。子供はなんのことかわからずはしゃいで走りまわっている。窓はあけられて涼しい風が通る。
その中におばあちゃんが寝ている。よく眠っているように見える。よく頑張ったね、と声をかける。そして死の三徴候を確認し、看取りを行う。家族にありがとうございました、と頭を下げられるが、実は私は何もしていない。
慣れ親しんだ訪問看護師は家族に清拭や書類の受け渡しなどこのあとにやるべき一連の所作にについててきぱきと指示を与えている。私は死亡診断書を作成し事務に届けることで在宅看とりが終了する。
I
さんは
88
歳の女性。約
1
年前に癌が見つかった。高齢でもあり割と進行していて手術しないという選択が消化器専門医とともに選択され経過観察となった。その後、食事が摂れなくなってバイパス手術を受けた。当科に紹介されたのはそのころである。すなわち在宅療養の希望が強いので訪問診療で経過を見てほしいという依頼だった。
実は初回の訪問診療を行う前に、
I
さんは入院してしまった。度重なる吐き気で食事がまったく摂れなくなり点滴せざるを得なくなったのである。
「もう帰れないですかねえ。」
娘たちはそう言い、病棟の誰もがこのままかもしれない…と漠然と思った。
しかし
I
さんは帰宅を望んだ。毎日の回診で
「調子はどうですか。」
と言うと
「元気になりました。本当にありがとうございました。」
と言う。
「食べられていますか。」
と聞けば
「はい、大丈夫です。半分以上は食べられています。」
と言う。実は一口で終了していても。
あまりに涙ぐましく帰宅を言い、家で暮らすことに気持ちを募らせるので、娘二人を招いて少し話を聞いたのが入院して
10
日ほど経ってからだった。
「おばあちゃんならねえ、そう言うねえ。」
「昔から頑固で人の言うことなんか聞かないから。」
口々に
I
さんの悪口を言いながら少し涙した。結局、在宅に戻る、戻って何が起こるかは分からない、しかし訪問看護、訪問診療を使って在宅の点滴など出来る限りのことはすると約束し退院することになった。
退院が決まってからの
I
さんはとたんに朗らかになった。表情も蒼白だけれど少し笑うようになった。そして娘さんに連れられて車いすで帰っていった。
その後まもなく何も口を通らなくなった。
I
さんは体の不調を訴え
「こわい、こわい」
と繰り返すようになった。強い印象のあった
I
さんに弱さが見え始めた。
しかし娘たちは結束した。いつも傍らに誰かが付き添い、
I
さんの身の回りの世話をした。内服もすでに出来ず、貼り薬の麻薬の量も少し増えたが動じなかった。
「おばあちゃんがね、いいようにしてあげたいんです。本人の意向を尊重するのがいいでしょう。」
と言い、どんどんしっかりしていった。
そしてこの頃より家の中が明るくなった。いつも誰かが来る。孫もひ孫を連れて来て、子供はそのへんを走り回っている。男たちはビールや酒を持ち込み、当人たちにその気があったかどうかはしらないが毎夜の宴会となった。
賑やかなことが好きな
I
さんは徐々に言葉も出なくなったが、しぐさで楽しんでいることを伝えた。麻薬でこわさは取れ、少しの点滴で持ちこたえていた。皆が来ることが楽しかったらしい。数年会っていなかった都会の息子も来た。
家に帰った
I
さんは病院よりはるかにいい時間を過ごしたと思う。血圧は測定されないし心電図モニターもついていない。急に何かが起こるかもしれない。でも家の中には忙しく働く人はいない。気ぜわしい気分にもならない。いい風が吹いて気持ちいい。過ごしやすい家の空気を吸って
I
さんは過ごせた。
いよいよ…となったときは家の中は人で溢れた。亡くなった時、一番
I
さんに関わった娘たちは泣かなかった。むしろ笑顔で
「ありがとうございました」
とおっしゃった。
I
さんは幸せだ。家族や大事に思ってくれるいろんな人が周囲にいて、みんなが
I
さんの死を受け入れて、
I
さん自身の生き方を認めてくれたからだ。在宅看とりはずっとその人を看る家族が必要なので、在宅へ誘導しようとする国の施策通り増加するかどうかはわからない。しかし、こんな素敵な死を見ると、素朴に家で死ぬこと、の意味を考えてしまう。
在宅看とりを終えて家の外に出ると、大きなケースに入った瓶ビールが運ばれてきた。これでいいのだ、と思った。
[6回]
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