北の大地で研修中 ニポラー日記
家庭医・総合医をめざして北海道の各地でニポラー(ニポポ研修医ニポポ研修OB)が活躍中です。 そのニポラー(研修医とOB医師)と指導医の日記です。楽しんでお読みください 。
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2010
06,05
08:41
薬は何か
CATEGORY[未選択]
こちらはあちこちに空き地があるが、
5
月はどの空き地もたんぽぽで一面黄色に染まった。今はそれが綿帽子となり一面が真っ白に見える。あっという間に変化していく、なんとも忙しい限りだ。
病院は比較的暇です。農繁期だし、なにより当方も季節商売なので感染症の少ない夏はどうしても暇になりがちなのだ。昼休みにこの文章を書いている。
あるときおばあさんが入院してきた。診ればひどい心不全で息もたえだえである。レントゲンでは両側の肺が半分以上なくなるくらいの胸水が溜まっている。ちょっとした風邪などをきっかけにしばしば繰りかえしているらしく施設の方もついてきたが
「今度もこうなっちゃいました、もう手はないんですかね・・・」
と半ば諦め顔だった。意識も朦朧としており当然、会話も出来なかった。施設入所中も認知症がひどく会話もままならなかったそうだが、それにも輪をかけて今回はひどくなっていた。
「もう何があってもおかしくない状態です。急変というものもありえます。」
僕はたんたんと状況について説明してからそう家族へ伝えた。おばあちゃん想いの家族で目にうっすら涙を浮かべながら
「いいんです、ここで死にたいと言ってましたから。苦しまないようにだけしてあげてください」
とおっしゃった。
それから数日は悪戦苦闘だった。田舎なので出来る治療も限られる。都会のように高価な薬をどんどんつぎこみ、検査を毎日するわけにはいかない。あれやこれやよさそうなものを試し、できることをした。患者さんは何度も死線をさまよい点滴だけの生活を耐えた。
それが・・・ある日を境に急に改善のきざしが見え始めた。頻呼吸であえいでいたのが、みるみるうちに酸素がはずれ、心臓にがんがん響いていた雑音が急に消えた。肺の音はばりばりと反響していたのがすっかりみちがえるように静寂を保っている。
「何かあったんですか?」
看護師さんに聞くと
「いやあ、お孫さんが来てからみたいですよ。」
という。そうか、そういえば土日を挟んでからだっけ。やはり私の治療のためではなかったか。聞こえない耳で何か感じ取ったのだろうか。
今ではすっかり良くなって胸水も消えてくえないばあさんになっている。ご飯を食べて歯を磨きたいときなど
「ちょっと姉さん、こっちこっち」
と看護師を呼ぶ。こちらから呼びかけるときは聞こえているはずなのに
「奥さん、奥さん」
と呼ばないと振り向かない。認知症なのでナースステーションに車椅子で連れて行くと
「こんなものしか読むものないのよ」
といいながらピーマンの絵本を読んでいた。家族は苦笑していた。
さてそんな毎日です。
[2回]
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