北の大地で研修中 ニポラー日記
家庭医・総合医をめざして北海道の各地でニポラー(ニポポ研修医ニポポ研修OB)が活躍中です。 そのニポラー(研修医とOB医師)と指導医の日記です。楽しんでお読みください 。
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2010
12,07
13:19
青森紀行8
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ローカル線で青森駅へ。
2
両しかない普通電車は満席であった。私は立って車窓に流れる景色をぼんやりと眺めていた。稲刈りが終わり、落ち穂が芽を出している。ススキが満開で風に揺れて秋の風情だった。
途中、ガイドブックで見た昭和大物と五重塔が見えた。昭和の建造物だから文化財的な価値はないと思うが、飛鳥を思い起こさせた。
青森駅に着く。コインロッカーに荷物を置き、さあ、今日も散策へ出発だ。
秋なのに少し暑いくらいの陽に照らされながら歩く。もう少し近いかと思っていたが、目的地の県立郷土館は意外に遠い。地図通りに歩く。なんだか雰囲気が怪しい飲み屋街に入っていく。合ってるのかな、と不安になり始めたころに到着した。ひとまずほっとする。
郷土館では特別展が開催されていた。「境界に生きた人々」という展示会。他に誰も見学者がいなかったが、素晴らしかった。
一般に東北に住んでいた民はまつろわぬ民という言葉が有名になったように大和朝廷にたてついた悪党といった風潮が通っている。例えば坂上田村麻呂の前にも「悪路王」が討伐されたりしている。しかしそこに展示された民具や文化遺産は平和な生活を表したものであった。前述の赤坂によれば大同年間に東北各地に大和的な文化流入の痕跡があるという。それはすなわち日本民族の侵略であろう。それに抵抗することは「まつろわぬ」ということなのだろうか。そののちの仏教文化の流入を見ても、なにか物悲しい感じにうたれてしまった。安倍、清原、奥州三代へと連なる栄華と滅びが東北を生きた縄文の衰退に思えて悲しかった。
人魚供養札というのがあった。間違えて人魚を釣ってしまった絵画まであった。その札には
あな かわいそう 殺してしまえ そわ可(訳)
と書かれていた。どういう解釈をすればいいのだろう。
常設展示も素晴らしい。亀ヶ岡で有名な遮光式土器(ドラえもんの「日本誕生」という映画で飛び回っていたヤツ)もあった。三内丸山の説明を聞いていたのでたいへんよくわかる。楽しい。実際に出土した土器を触ってみることが出来るコーナーもあって、その重さにびっくりした。意外に重くて丈夫なものだ。
黒曜石の分布図に感動。東北一円の黒曜石の産出地は赤井川、十勝だという。アイヌは縄文民族の末裔と考えると、こんなにも行動範囲が広かったか、なるほど津軽海峡は「しょっぱい河(アイヌ語訳)」であって移動を妨げるものではなかったのだなあと思った。
三内丸山の板状土偶や縄文ポシェットも展示されていた。
ここの展示はそれだけにとどまらない。自然コーナーでは熊やカモシカ、隕石まで展示されていた。
歴史コーナーで印象に残ったのはアイヌ衣服が東北の人々の防寒着、仕事着であったこと、そしてアイヌの住む村があったこと。ある海沿いの村ではアイヌ名の家が
20
戸も書かれた地図が展示されていた。小泊、夏泊、など結構、よくこういうことはあったらしい。地名にも犾村というようにアイヌを示唆する地名があるようだ。
民俗コーナーではマタギの村田銃が展示されていた。マタギの山言葉はアイヌ語が混ざる。そんなことも紹介されていた。
かねて見たかったおしらさま、庚申、ボノ神さんなど民間信仰の実際を展示するコーナーがあり感激した。柳田國男の遠野物語にはおしらさまの由来なども出てくるが、東北の各地にこのような進行が根付いていることに驚きを感じるとともに、人々の日々の生活の息遣いを感じた。
文明を享楽的に受け入れている我々だが、本質的に不安なく満ち足りているのか。こういった信仰や伝統を失って不安がっていないか、考えさせられた。
いろいろ考えさせられて郷土館を出た。いけない、アスパムで津軽三味線の実演が始まる!私は走った。
アスパムは青森の
A
の形をした物産館兼イベントホール兼レストランである。始まる
10
分ほど前に到着、席に着いた。
数十人の観光客を前に三味線が始まる。明るい祭りの唄も人々の情念を表現した唄もある。弦と撥が合わさり、胴を叩く音が腹に伝わる。そして感じる。ああ、これは青森に生きる人々の誇りと生きているということの宣言なのだと。中央より「みちのく」と揶揄されながら、ひっそりと、しかし力強く生きてきたその証の音なのだと思った。
青森に人々は生きていた。それも中央よりはるかにたくましく、はるかに人間らしく。このような「地域」が日本中にある。そのことに改めて感動した。
さあ、これで長らくの旅はおしまい。皆さん、お付き合いありがとうございました。
[2回]
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