北の大地で研修中 ニポラー日記
家庭医・総合医をめざして北海道の各地でニポラー(ニポポ研修医ニポポ研修OB)が活躍中です。 そのニポラー(研修医とOB医師)と指導医の日記です。楽しんでお読みください 。
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2010
06,19
13:44
大往生
CATEGORY[未選択]
大往生とはいかなる死に方か、と考えたりする。よく新聞などに
「いやあ、ずっと元気だったんですがある日、寝込んだかと思うと数日してぽっくり逝ったんですよね、ほんとに大往生でした。」
などという話が掲載されていたりする。誰しもが確かにこういう死を望むのであろう。他人の迷惑になりたくないとか苦しみたくないとかいろいろな思いの中で生きる死ぬは常に揺らいでいる。
T
さんは
95
歳だった。幼少の頃から活発で周囲は気を揉んでばかりいたらしい。特に他の兄弟が亡くなって身内が妹とふたりになってからは我侭放題に過ごす姉の心配ばかりを妹がしていたようだ。ちなみに結婚もその奔放な生活からうまくいかず、息子たちは手を焼いて妹にまかせていたらしい。
しかし元気な生活も数年前に総胆管結石による胆管炎を起こしてから一変した。肝臓で胆汁という消化液が作られているが、その通り道である胆管が石で詰まり感染を起こしたのである。それまでは
T
さんが好きなように生活し(基本的にはひとり暮らし)、それに周囲があわせるようにしていたが、ある日感じ、あれよあれよという間に入院。それから食べることが何より好きな
T
さんにはもっとも過酷な絶食・点滴生活となった。通常、胆石などの結石を基礎にした胆管炎の場合は石をとる処置が行われるが、
T
さんの場合はどうしてもうまくいかず、また高齢でもあり絶食と点滴による治療が行われたのである。
「食べたいよお、食べて死んでもいいからおつゆか秋刀魚か、何かないの?あんた、持ってきて~」
と毎日のように誰彼となく語りかけた。幸い、絶食と点滴という保存的な治療でこのときはよくなったが根本的に石をとったわけではない。だからその後も再発を繰り返した。食べては悪くなり、入院して点滴し、そして食べて帰ってくる。その繰り返し。手は掛かるが憎めない性格というか、スタッフからもまたぁ・・・といった対応ではあったが、家族の心境はどうだったろう。たまに来る息子さんはいいかげんにしろよ、ばあさん・・・といった苦笑の表情を浮かべることもあった。
このように入退院を繰り返すにいたって元気だった
T
さんの体力も徐々に失われていった。はじめて姉が妹の意見を聞かなくてはならない状態になった。妹は姉を心配しいろいろな手配に奔走した。もっとも安心な施設を見つけると姉は
「あんたの世話になるなんて私も落ちたもんだね。」
と嫌味を言って入所した。妹は困った姉なんです、という表情をしたが瞳は優しかった。
さてそしてまたしばらく過ぎ何度目かの入院をした。
CT
で見てもいよいよ総胆管は太く胆汁が肝臓に溜まっているのが見える。もうだめだ、と誰もが思ったが
T
さんはよく耐えた。相変わらず
「飯くれえ、しいたけのつゆ~」
と叫んではいたが、体力が落ちないようにと用意したリハビリには従順であったし、途中に感染をきっかけに悪化した心不全も乗り越えた。食べるため、そして帰るための必死の闘いであった。
妹はよく介護した。いつ果てるともしれぬ姉の闘いに付き添った。重症、危篤、そんな説明をする私に涙をみせつつ、
「最後くらい居てやりたいんです。」
と頑張った。自分も
80
代である。介護は容易でないと思うが、姉の個室に寝泊りしていた。
頑張りの甲斐あって食事が食べられるかというところまで来た。最初はおそるおそるどろどろの三分粥、そして徐々に粥食、常食へ。体力は相当、衰えていたが食事を出しても胆管炎は悪化しなかった。
T
さんは非常に満足していた。どんなどろどろの食事にもうまい、うまいと笑顔であった。妹も少し涙ぐみながら一緒にコンビニの弁当などを食べていた。
そして
2
週間ほどたったか、夕飯をすべてたいらげ、妹に買ってこさせたオロナミン
C
をごくりと飲んで、
1
時間ほどで亡くなった。妹が少し席をはずしたときに急に脈が遅くなり、駆けつけたときは亡くなっていた。なんの来るしみもない。まさに大往生であった。
食べるまで治療に耐えた。そして最後まで自分の想いで生きた。妹は最後まで蚊帳の外だったのか、それとも
T
さんにも思うところがあったのか、最後に何を思っていたのか、聞いてみたいと思うがもう叶わない。ある意味、格好いい死に方ではあった。
ご遺体のお見送りは他の人同様少し寂しい雰囲気であった。妹さんはまた涙で
「本当にありがとうございました。」
と言った。
僕はほんの少し、派手好きで冗談もよく言っていた
T
さんなら悲しくならず明るく送ってあげてもいいかな、と思った。
[4回]
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