北の大地で研修中 ニポラー日記
家庭医・総合医をめざして北海道の各地でニポラー(ニポポ研修医ニポポ研修OB)が活躍中です。 そのニポラー(研修医とOB医師)と指導医の日記です。楽しんでお読みください 。
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2010
11,24
21:04
青森紀行1
CATEGORY[未選択]
あまりニポポとは関連がないが、研修医の休日の過ごし方の一例(こじつけだな)ということで青森紀行を記したい。
10
月に青森旅行をした。わずか
1
泊
3
日だったが感動的な旅行だった。少しでも伝わらないかと思いながら、その時々を思い出し思い出し書いてみた。何回かに分けて掲載する。ブログなんで自由に行う予定。では、はじまりはじまり。
遠足は家を出てからおうちに帰るまでが遠足だと思うが、一人旅はいつからいつまでが旅なのだろうか。なんて考えたりして。とにかくこの青森旅行をとても楽しみにしていたのは間違いない。
1
か月も前から計画を立て、図書館からガイドブックを借りて読み込み、インターネットで宿を調べたりした。そういう意味では実際に旅行に行かずとも目的の何割かは達成できていたように思う。安いものである。
日本各地に様々な名所があると思うが、私は基本的に西の人なので、東海や関西を中心に西日本を訪れたことはある。しかし、北海道と出張で出かける東京以外は関東も東北も皆無に等しい。いわんや青森おや。しかし私個人は中央より辺境と言われる土地や人に限りない共感を抱く性質なので、陸奥と都より蔑称されながら北の土地にたくましく生きる青森県にはかねがね切に訪れてみたいと願っていたのである。
しかし遠かった。関西に住んでいたころは下手に青森へ行くより海外旅行したほうが安いくらいだし、自然、足が寄らない結果になった。北海道に来てからは現実の生活を成立させるために忙しく青森に行くどころではなかった。やっとここ最近、余裕が出て来て、念願かなって青森へ行く機会を手にしたのである。読者諸君、文章を読んでこの興奮が伝わるであろうか。
というわけで北海道某駅深夜。札幌発急行はまなすに乗るために私は防寒具を着込んでいざ!この「はまなす号」に乗ることも旅の目的のひとつであった。寝台列車に乗ったことがなかったのだ。関西に住んでいるとそんな機会は露ともなくて…かつ、この「はまなす」、新幹線が開通すれば廃止になると言うではないか。これは乗らねばなるまい…。じっくりと機会を伺い、今回、満を持して「はまなす」の予約をしたのである。
しかし…あらかじめ
1
か月も前に買った青森
R
切符(札幌と青森の往復切符;特急指定席、はまなす
B
寝台が予約できる)が改札をなぜか跳ね返されるのである。ピンコーン、ピンコーン、まるでお前は来るな、というような嫌な警告音。不思議に思って切符をよく見て愕然とした。翌日の切符になってる…
私は金曜の夜
22
時に札幌を出て日曜の午後に帰ろうと思っていたのだ。それなのに帰りは正しいものの、行きは土曜の予約になっている!
しまった、やってしまった。ここ
1
カ月が走馬灯のように脳裏をよぎる。頭の中では悲痛な音楽が鳴っている。あわててみどりの窓口に駆け込み、
「まままま間違ったんです。今日今日今日、はまなす乗りたいの。」
と叫んだ。駅員はめんどくさそうにちらりと私を見てから、おもむろに画面に集中した。なにやらポンポンと数回キーを叩くと
「ああ、空いてるね。
B
寝台。でも上段だよ。」
と言った。上段でもなんでもよかった。冗談じゃない。ここまで来て旅が諦められるかってんだ。
実は下段ならば窓から外が見えるので人気なのである。しかし、そんなことを言っている暇はないので即決で
「それでお願いします。」
と頼んだ。なにやらのっけから先が思いやられる旅になってしまった。 (続く)
[4回]
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2010
11,15
19:19
「医者も患者も認知していない総合内科」に対して
CATEGORY[未選択]
>総合内科が「ブーム」との意見に一票。複雑な心境は察するところ多し。
総合内科のニーズがあるのかどうかは実はよくわからない。あるところにはあるし、ないところにはないのかもしれない。ニーズがある地域の現場であくせく働いている人が「ニーズがある」といえば説得力があるが、都会で診療している自称総合内科医に「ニーズがある」といわれても私はにわかには信じられない。
○段落ごとに意見を述べたいと思います。まずはコメントありがとうございます。つらつらと日々のことを書いて、誰かが読んでくれていると思うとたいへんありがたいです。議論しましょう。何を持って「ニーズ」かは判断が分かれるでしょう。都会であろうと田舎であろうと変りはありません。大きな病院には教育という使命もあります。田舎で医療する人はボランティア精神に溢れ善、誤嚥性肺炎ばかり見る都会の総合内科は悪、という型にはまることはないかな、と思います。
>最近になって新たに総合内科のニーズが生まれてきたとはあまり思えない。これまでの医局システムの崩壊に伴い別のシステムが必要になっただけのことだとすればやはりブームにすぎないだろう。
○パラダイムシフトという言葉が医療の世界でもよく使われるようになりましたが、必ずしもパラダイムがシフトするほどの大きな事象が起こっているとは思えないことがあります。物事は連続性の中で変化しています。その関係性を無視して「シフト」のみを語ることはできません。したがって医局システムの崩壊のみを見るのではなく「時代の流れ」的な観点から考察することができるかもしれません。ある程度、総合内科は必然ではないかと考えます。
>総合内科の「総合」という言葉が、良くも悪くも解釈されている。専門医からも「一つ一つはろくにみれないのに、何を総合しているのか?」と訝られ、患者からは「総合だから、なんでも解決してくれるだろう」と期待される。
この症例の患者のように。
○要するにまだ誰も「総合内科」がなぜ総合内科なのか知らないのだと思います。認知度の問題です。パイオニアの宿命と諦めています。
>総合内科という名前が悪いのかもしれないが、言い得て妙のある呼び方を私は思いつかない。専門は何かに対する問いに「あなたを専門にする医者です」と、家庭医療を盲信(猛進?)する誰かが熱く語っていた。医者なら誰だって語らずとも同じ気持ちで診療しているのだから、こんな言い方をして得意になっていても仕方がない。患者には一定の安心感は与えるかもしれないが、それ以上のものではないし、専門医からすれば、ただの綺麗ごとにしか聞こえないだろう。
○今の家庭医療には思うところはあります。おっしゃる通り。しかしそれは総合内科に直結しないと思います。専門医制度も内科学会のようにきちんとした1階部分があって、2階部分が家庭医療ならいいのですがねえ。というわけでこれはまた別の話、です。
コメントありがとうございます。嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。
[5回]
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2010
11,13
21:30
強い総合内科医になる(決意)
CATEGORY[未選択]
中日が負けた。たまたま当直中であって延長
12
回までテレビで観戦していた。あのショック、屈辱は忘れられない。終了してからすぐに床に着いたのだが、午前
3
時くらいまで「あのときのあの采配が悪かったのではないか」「あのときにこうしていれば…」等々考えてしまって寝付けなかった。こんなチャンスは滅多になかったのに。ここまで頑張った選手、ベンチには頭が下がる思いで、今年は感謝したい気分だ。しかし、しかし…それでも…
翌日から北海道に本格的な冬が来た。
私は現在、総合内科に勤務している。総合内科が聞き慣れぬ名前かもしれない。しかし現在は北海道の政策として「総合内科医養成事業」が設定されるくらい、一種のブームである。
総合内科医が必要とされるのは時代の要請である側面が強い。すなわち、臨床研修が必修化され、また各個人の生活を尊重する時代の流れも相まって医局が弱体化した現在、各科専門医を集めることが出来なくなって各地の地域医療が崩壊しているわけで、それを内科疾患はある程度のレベルで全部診ることが出来る総合内科は各病院にとって内科診療の核となる可能性を秘めているわけで、その生産が急がれているのである。
ニポポはこの総合内科医や家庭医を目指すプログラムである。このようなプログラムも今や全国各地に何十とある。繰り返すがブームなのである。
理想的には総合内科医が
10
人くらいいて、各科専門医が
1
人ずつ居れば
良いと思う。各科専門医は今まで、地方に派遣されて、自分の専門でない(得意でない)分野を診るのがストレスだったわけである。そこに総合内科医が現れて、診ます、診ますと言えば専門医は助かる。ある程度診てもらえれば、自分の分野であっても助言するだけでいい。これも助かる。総合内科医が居れば、自分の真の仕事に集中できるし、総合内科医も専門家から勉強を教えてもらえるし、一石二鳥なのである。
とはいえ現実的には人々の理解が進んでいないし、なかなか多難である。「総合内科って何?」をもっと発信していく必要があることは痛感している。今回はそんな話。
Y
さんは
50
代の男性。ネフローゼ(おしっこにいっぱいタンパクがでる症候群;腎臓で何かが起こっていることが示唆される)精査で紹介された。種々の治療(総合内科医が出来る基礎的な治療)に反応せず、腎臓を調べて
IgA
腎症(という腎臓の病気の一種)であることがわかった。この
IgA
腎症も程度がいろいろあるわけだが、その中でも最も重い状態であることが分かった。統計では
5
年で
50
%くらいの人が透析になるという状態。ここまでわかるとちょっとしたさじ加減がその人の人生を決めてしまいかねない。ここで専門家に依頼ということになった。
「最初が肝心ですから。ここでしっかり治療してもらいましょうね。」
と申し上げる。そこで言われた言葉。
「俺、がっかりだよ。ここを信頼して、先生を信頼して検査なんかも頑張って受けて、いざというときにあっち行けってさ。総合内科だって言うから総合的に診てもらえるかと思ったのに。たいしたことないね。がっかりだ。」
…詰まる。しかしよくある。こういうこと。このことにめげちゃいけないんだ。いいんだ。患者さんがよくなれば。
しかし…残念な気もする。誰か意見ください。
[5回]
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2010
10,29
18:55
地域の運動会
CATEGORY[未選択]
随分前の話だが、地域の運動会に参加する機会があった。別に地域医療とはなんの関係もないことだが報告したい。
地域の(というか田舎の)運動会はその部落のお祭りである、というようなことを沖縄の島のことを書いた文章で読んだことがあるが、なるほどその通りであった。さすがに沖縄のようにヤギを一頭つぶして・・・ということはないけれど、地域の大の大人が飲んで騒いでいてまことににぎやかであった。
朝は9時から万国旗ならぬ大漁旗はためく中(漁師町)、唐突に始まる。子供たちは全校あわせても
30
人に満たない。役員の方がずっと多くて先生方に並んであいさつを聞いている姿がなんだかおかしかった。
子供が走れば、地域のおじいちゃんおばあちゃんが一生懸命、声援する。鳴り物がないのが不思議なくらい、かけっこだの綱引きだの様々な種目に声援が飛んだ。
私は参加する気はなかったのだが、あれよあれよと連れられて数種目に参加した。なんだかペアになって競争する種目や綱引き、借り物競争などに出場。一応、役目を果たさせていただきました。出れば参加賞がもらえてちょっと嬉しい。ウェットティッシュなどだったが、以前は生ものもあったそうだ(いや、いまでもその日獲れたものを配っていた)。
あいにくの雨ですべてのプログラムを見ることはできなかったが、屋内でヨサコイも見た。ヨサコイは高知が発祥だがいまやあちこちにあると聞く。北海道でも札幌が有名だが、札幌だけでなくどこでも踊っている。いや、なかなかたいへんな迫力で見ていて元気をもらった。子供たちは元気に、とっても上手に踊っていて楽しそうだった。酔っ払った大人も踊っていた。
地域が一丸となるイベントがあるというのはたいへんいいことだ。運動会を通じて地域のコミュニケーションが図られている。カルチャーショックな部分も多いがこういう地域に育った子供は地域を大切にしながら、あるいは都会に出るにしても故郷を想いながら暮らしていくんだろうなと都会育ちの私は少しうらやましく思ったのでした。
[1回]
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2010
10,24
10:09
女性と医療
CATEGORY[未選択]
秋晴れが続いている。北海道はそろそろ冬を迎える頃で、街路樹の葉の色は赤や黄色で賑やかである。通勤にはユニクロのフリースを使っている。車のタイヤも冬用に変えねばならない。冬眠準備に忙しい季節である。
少子化がときどき話題になる。曰く、「フランスでは合計特殊出生率が2を超えている」とか「日本でも女性が働きやすい環境を」とか「古い因習にとらわれず社会参画を」など。そして「育メン」がもてはやされたりする。
僕は思うのだが、晩婚化は社会の流れだから止められないのは自明ではないか。そのもっとも大きな原因は女性を含めた社会全体の高学歴化、高教養化だ。大学を含める高等教育を受けるとするとそれなりの年齢までは勉強しなければならない。教育を受ければ、授かった知識や技術を利用してみたいと思うのは当然である。そして社会が晩婚化する、すると子供が少なくなる。
また高等教育には金がかかる。子供手当は古い世代にだけばらまきをするよりなんぼか正しい政策だと思うが、それだけで全部済むほど世の中は甘くない。一人当たりにかかる金額が上昇すれば、子供を増やせないという事情もある。
そういった社会全体のひずみを女性にだけ押し付けるのは誤りだ。管理職にさえなかなかなれない社会構造の中で女性はよく頑張っていると思う。上から目線でそう思うのではなくて、男性として応援したいと思う。
そして医療。医療の世界は女性になかなか辛いのではないかと思う。古くから在るのは看護師さんの世界だが、これも子育てと両立はたいへんそうだ。シングルマザーで頑張っている人も散見するが、よく勤まるなあと感心する。医者も同じ。医者だと大勢の中のひとりになりにくい。無勢の中のひとりなので、休みにくいし、医者はこうあるべきというイメージが患者だけでなく医療者の中にもあるので、それを個人で打ち破るのは至難と思う。
日本は新没落国と思う。これからは医療の世界ならずとも傑出したリーダーは出ないだろうし、また不要と思う。これからはより個人や社会、共同体同士の関係性を重視した支え合いの時代となるだろう。悪く言えば傷のなめ合いをするような時代。それでいいじゃないか。我々は女性や何やという立場を超えてみんなで助け合える社会を目指したい。
選挙演説のようになってしまった・・・ニポポでした。
[3回]
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2010
10,04
17:52
JIMの宣伝
CATEGORY[未選択]
中日ドラゴンズが優勝してたいへん結構な秋になった。日ハムは残念だったが、基本的に中日さえ勝てばいいので、たいへんめでたい秋である。この調子で日本シリーズまで駆け上がってほしい。
ところで総合診療系の雑誌
JIM9
月号にニポポの様子を書いてみました。そういえばこのブログはニポポブログだったので宣伝してみます。いいこと書いてあるのでみんな見てね。
それでは中日ドラゴンズの輝かしい未来を願って乾杯!
[2回]
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TB[]
2010
09,10
12:28
小さな記憶倉庫
CATEGORY[未選択]
運動会シーズンである。
北海道の運動会は春から初夏にかけての時期に行われることが多いが、幼稚園程度だと秋に行われることが多い。病院の近くにも幼稚園があって、最近はパン、パンとかけっこのれんしゅうなどをする音が響いている。訪問診療などの時に少し見かけることがあって、小さな子どもたちが一生懸命走ったり踊ったりする姿を見ると、忙しくて世知辛い時間が少し癒される気がする。
病棟は満床御礼である。様々な人が様々な理由で困っていることがよくわかる。その人はめまいで入院したおばあちゃんだった。入院後に軽い脳梗塞であることがわかり、最初は点滴で、安定してからはリハビリと内服治療で入院していた。
高齢者が入院するとそれだけで気をつけねばならないことがたくさんある。ひとつは認知症が進行すること。周囲の環境の変化のためか、心身の安定を欠き、結果的に認知症が進むことが多い。
それによって、というか、こちらが先かもしれないが不穏になる人も多い。さっきまで普通だった人が、いま、ここがどこか分からなくなって暴れている、なんてことも多い。若い人でも例えば出先でホテルに泊まったりして、夜中急に眼が覚めたりすると一瞬、あれどこだっけ、ということがあると思う。おそらくそれが持続したりしているのだろう。
体力も落ちる。
1
週間動かなければ元に戻るために
1
か月必要な気がする。
100
の体力で入院しても、退院する時は
60
くらいかもしれない。入院するとすべての体調が良くなる、というのは幻想だろう。一生懸命、リハビリしてもらったりしながらなんとか過ごすというのが現状で、必然的に入院は辛いものだというイメージに繋がるのだろう。
そのおばあちゃんは認知症も進んだし、体力も落ちた。夜間は不穏になって周囲の患者よりクレームがつき個室に移った。一見すると「非常に状態の悪い患者」になってしまった。
ところが、である。たまたまぽっかりと1時間くらい空いた時間が出来た時があった。私は病気についてはよく管理しようと努めているが、その人がどんな人なのかとか、そういうことは自省をこめてあまりみられていないと思う。そんな後ろめたさがあったので、少しこのおばあちゃんのところへ行って話をしてみた。
すると普通なのである。もっと認知症、なのかと思っていた。昔住んでいたところの昆布採りの様子をまるで今現在、見ているかのように鮮やかに話す。また最近のことならお盆に親戚が集まってわいわいと飲み食いした様子も楽しそうに話す。もう大きくなっているだろうに、東京や京都に行った娘たちが心配だと話す。
このおばあちゃんの思いが話をしているとよくわかった。楽しかった思い出、心配事、いろんな思いがこの小さなおばあちゃんに詰まっているのが新鮮に思われた。思えば当たり前なのだけれども。
定期回診のとき、また話をしようと思ったら、話が通じなくなっていた。少し寂しい気がしたが、また会話してみようと思う。
[3回]
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TB[]
2010
08,12
18:02
ほんの紹介
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暑い日が続いている。
8
月に入ってからも熱中症やら何やらで、結構途切れることなく入院適応の患者さんがやってくる。病院は盛況である。
たまには臨床とは無縁の話をしよう。
私は本が好きで、よく読む。読む本に偏りがあるので、あまり他人に紹介したりはしないのだが、少し書いてみたいと思う。
「逝かない身体」川口有美子著;
ALS
の母を介護した記録。少し格調高いが、患者の心の動き、本音がつづられている。患者さんと接するとき、患者の立場でどんなことを考えているのか考えさせられた本。非日常が日常になったとき、それは自分の内面にどんな変化をもたらすだろう。支えねばならないと思いつつ、周囲を犠牲にすることをどう考えたらよいのだろう。矛盾を解消するには。いろいろ考えさせられた。
「沖縄の未来」大田昌秀、佐藤優著;あまりに沖縄の現状がひどいので読んでみた。結局、誰も沖縄について哲学的思想がないことがわかった。
「質的研究の方法」波平恵美子著;また、研究をしたいなあと思ったので読んだ。いのちに直接触れる分野で人間がどのように行動するか質的に探ってみたいと思った。結局は本書でも強調されているように絶対的な客観と言うものはなく、ひととひとの関係性を知ることで、社会がいのちを共有できたらと思った。
「「医師アタマ」との付き合い方」尾藤誠司著;自分の思考過程を解説されているような本。なるほど。こう考えていたのか。医療者が読むとよいのではないでしょうか。後半は話し半分に。
「宮本常一が見た日本」佐野眞一著;歩く巨人・宮本常一のルポ形式の伝記。日本に偉大な民俗学者がいたのだなあ、と感嘆。同時に同時代的な記録をとっていくことの必要性を痛感。医療という分野で何かできないものだろうか、と思った。
「憑神」浅田次郎著;浅田次郎にしてはまあまあか。期待しすぎかな。浅田次郎的な「プライド」が垣間見える。しかし、これを読んで今の日本は…と嘆くよりしたたかな庶民がいかに生きたかを大事にしたいと思うが…。
「昭和」ジョン・
W
・ダワー著;これは面白い。知らない昭和史がたくさん出てくる。一気に読める、読ませる。政治史もさることながら市民がいかに戦時を感じたか、戦後を生きたかがとても興味深い。
皆さんも面白い本があったら教えてください。
[3回]
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TB[]
2010
08,02
12:40
休日の過ごし方
CATEGORY[未選択]
医者の不養生なのか風邪ばかりひいている。研修医のころは免疫がないせいかよく風邪をひいたが、今風邪をひくのは何故なのか。疲れているのだろうか。そういえば何となく陰鬱で気分も重たい。
こういうときはどこかに行って楽しい時間を過ごしたいなあと思う。旅行でも…。この文章を読む方、最近、自分のために時間を使っていますか?趣味にせよなんにせよ、仕事をするか、家で寝ているかになっていないか振り返って考えてみましょう。
というわけでもないが、札幌へ出かける機会があった。
北海道は今が最高の季節。日中に屋外で過ごすと少し汗ばむくらい。それでも日陰に入れば汗ばんだ肌が気化熱を奪われて少し冷たいくらいの気候。各地で短い夏を惜しむかのようにイベントが開かれている。昨日、札幌に行く機会があったが、大通りでは札幌シティジャズが行われており、その音を遠くに聴きながら私はテレビ塔の下でビールを飲んでいた。とても幸せであった。
なぜテレビ塔近辺に居たかというと、久方ぶりにライブを聴きに行ったのである。たまにこのようなことに接する機会があってもよい。
といってもまともなコンサートなどに出かける高尚な趣味は僕にはなくて、清水ミチコのものまねライブに行った。前から
8
列目の右端で、よく見えてよかった。
別にここで僕が力説しても何になるわけでもないのだけど、清水ミチコは天才だと思う。全く力を込めるそぶりを見せずにあそこまで人々を笑いと感動に満たす人がどこに居るのか。しかもものまねの中にその対象に対する愛を感じる。バカにしたり茶化したりするのではなくて、本当にその対象を好きになって、なりきろうとしているのを感じるのである。
ライブは桃井かおりや浅田美代子といった定番から新キャラのバッタもんや千の風になってなどいろいろ披露され黒柳徹子、矢野顕子に至る幕の内弁当のように多彩なラインナップ。素晴らしい。
CD
買ってしまった。天才だ。
というわけで、ここで言いたかったことは決して清水ミチコばかりをすすめているわけではなくて、人生を楽しまないといけないなあということ。私の同僚は勉強ばかりしていてたいへんなのである。みんなたいへん優秀なのだが、休んでいるのかな。
尚、このブログを初めて読んだ方。この文章だけ読まず他も読んでください。この文章だけではいまひとつ何のブログかわからないと思うので。あしからず。
[4回]
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TB[]
2010
07,26
11:56
医者の本分
CATEGORY[未選択]
難しいことを難しい顔をしながら行うのが医療、というわけではない。発展途上国を見ればすぐわかるように、感染症や脱水、飢餓で亡くなる数のなんと多いことか。医療者は簡単なことですぐに治る病態を見逃してはいけない。
H
さんは
91
歳。元農家で屋外の仕事は私の仕事と決めている。そして
3
日間炎天下で草刈りをして動けなくなり救急搬送された。
診察する前よりどんな状態か想像がつく。食事は摂れていなくて、皮膚や腋下が乾燥していて、ツルゴールが落ちているだろう。体温は高く、少し脈が速いだろう。そしてデータでは少しヘモコン(濃縮)で、
CPK
やミオグロビンがやや高めか。もしかして血尿も少しあるかもしれない。
実際に到着するとその通り。少しぐったりして元気がない。無理をすれば
500
ほど点滴して帰ることもできたが、家にこのまま帰るのはちょっと…と家族。それはそうだろう。このまま食べられなければ明日また来なくてはならない。高齢でもあるし点滴目的で入院となった。
というわけで点滴。当日と翌日は少し多めに1リットルほど点滴。その翌日より心臓への負担を考えて
500ml
に減量した。
人間とは不思議なもので、普段意識していなくても生物なのである。特にこのような自然とともに生きて来た人はそう。点滴でものの数時間もすれば体に潤いが出て来た。当日の夕食はばくばく食べていた。翌日には元気、元気で少し不穏になった。そして
「私はなぜこんなところに入院しているのか。早く帰してください。」
とおっしゃる。素晴らしい。生命の素晴らしさを感じる。生物が生きる、その根源的なところを介助出来たような気がして嬉しい。なぜか患者さんからは恨まれているのだけれども。
医学は無限に広がっているので、人体のほんの数センチに対する専門家というのが各科にたくさんいらっしゃる。それはそれですばらしい医学の成功を示していると思う。しかし、我々は根源的な生命に対する畏怖とか尊敬とかを持って医療を行いたい。それらを毎日なんだかんだで味わうことができて幸せである(たいへんだけど)。
[5回]
コメント[0]
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