北の大地で研修中 ニポラー日記
家庭医・総合医をめざして北海道の各地でニポラー(ニポポ研修医ニポポ研修OB)が活躍中です。 そのニポラー(研修医とOB医師)と指導医の日記です。楽しんでお読みください 。
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2010
10,14
17:13
家庭医専門医2
CATEGORY[家庭医関連]
別にオチはない。普通に昨年受験したニポポの先輩にメールしてみた。すると「自分も何が出るかよくわからなかったので何もしなかった。ただ自分の時の試験講評があるのであげよう」ということだった。
添付された講評の内容に愕然。まったく未知の世界の話だった。ここでようやく「家庭医療マニュアル」という本を丸読みすることにした。葛西先生の本。分厚い本だが知ってることも多いので
3
日で全部読めた。読んでみるとなるほどよくまとまっていてなかなか面白い。そうか、こうやって問題を解決すればいいのかと、試験対策を超えて役だったと思う。
というわけで何かをこなした気になったので気を良くして、そのまま何もせずに東京へ。試験前日に渋谷に入った。
渋谷の人の多さに驚愕。毎日、あんなに人がいるんですか。田舎者ですいません。東京は大学まで行ったことなかったです。またお土産を買うために入ったデパートの物価の違いに呆然。服ってあんなに高いんですか。誰が買うんですか。
そして夕方に東京に住む大学時代の友人と合流。ただ酒を飲むだけでは…ということで友人の優しい配慮により神宮球場へ。中日×ヤクルト観戦。久々のナイターに感激。僕は中日ファンです。この優勝のかかる大事な一戦をあんなに中日ファンの多い神宮で見られて感激。青木に一本打たれたが、ほぼ中日の完勝で最高の試合だった。ビールおもいっきり飲んだ。その後、新宿で飲み直し、ホテルに帰ったのは
11
時過ぎだった。いいのか、試験前に。まあ、いいか。試験前を考慮してビールだけにしておく理性はあった。とても残念であったが。
肝心の試験は次回へ続く(今回は単にじらせただけ)。
[7回]
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2010
10,09
10:01
家庭医専門医
CATEGORY[家庭医関連]
家庭医療専門医を受験した。あまり興味はないかもしれないが、あまりにもこのブログを読んでいる人も少ないので、誰かが検索することを願って、受験記を書いてみたいと思う。
そもそもどんな資格か。それがよくわからないのだが、ともかくも
3
年間の家庭医療後期研修を修了すれば受験資格がもらえ、多くの人は修了翌年に受験する「家庭医」の資格試験である。家庭医が何であるかの議論はひとそれぞれであるのでここではしない。主催するのはいわゆる3学会、プライマリ・ケア連合学会である。
私自身の経験を書く。試験そのものがまだ今回で
2
回目という若い資格なので何をすればよいのかさっぱりわからなかった。試験内容さえもよく知らず、受験
1
週間前にホームページで確認するほどだった。
出願には
10
個のポートフォリオ(新手のレポートみたいなもの)と簡易症例報告
20
例を提出せねばならない。これは来年度よりさらに増えるという。
ポートフォリオはいわゆる内科分野だけではなくて家庭医的にどうするのかとか、家族対応をどうしたとか、そういった内容が求められる。
ICU
の症例を報告してはならない。家庭医的に何か問題を解決したよい事例を選ぶ方がよいらしい。少なくて困った。失敗例ならたくさんあるが。救急とかいわゆる内科分野のものは過去に書いたケースレポートから選んだ。早めに書くことをお勧めします。たいへんでした。
あとは
ACLS
の書類だとか、こまごまとした提出物があった。詳細は忘れた。もう
6
月の話なので。受験要項の詳細は毎年変るだろう。受験者の方はチェックしてください。ぎりぎりに変更になるかもしれませんが。
学科試験、実技試験は
9
月
20
日と
7
月ごろ決まったので、何か試験対策を、と思っていたのだが、何をすればよいのかさっぱりわからないまま受験
7
日前になった。困った。あまりにも情報がなさ過ぎてよくわからない。日々の業務に流されてここまで来てしまった。うーむ…
そこでとった方法とは! (次回に続く)
検索用キーワード記載;家庭医、家庭医専門医、家庭医専門医試験、プライマリケア、プライマリ・ケア連合学会
[6回]
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2010
10,04
17:52
JIMの宣伝
CATEGORY[未選択]
中日ドラゴンズが優勝してたいへん結構な秋になった。日ハムは残念だったが、基本的に中日さえ勝てばいいので、たいへんめでたい秋である。この調子で日本シリーズまで駆け上がってほしい。
ところで総合診療系の雑誌
JIM9
月号にニポポの様子を書いてみました。そういえばこのブログはニポポブログだったので宣伝してみます。いいこと書いてあるのでみんな見てね。
それでは中日ドラゴンズの輝かしい未来を願って乾杯!
[2回]
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2010
09,10
12:28
小さな記憶倉庫
CATEGORY[未選択]
運動会シーズンである。
北海道の運動会は春から初夏にかけての時期に行われることが多いが、幼稚園程度だと秋に行われることが多い。病院の近くにも幼稚園があって、最近はパン、パンとかけっこのれんしゅうなどをする音が響いている。訪問診療などの時に少し見かけることがあって、小さな子どもたちが一生懸命走ったり踊ったりする姿を見ると、忙しくて世知辛い時間が少し癒される気がする。
病棟は満床御礼である。様々な人が様々な理由で困っていることがよくわかる。その人はめまいで入院したおばあちゃんだった。入院後に軽い脳梗塞であることがわかり、最初は点滴で、安定してからはリハビリと内服治療で入院していた。
高齢者が入院するとそれだけで気をつけねばならないことがたくさんある。ひとつは認知症が進行すること。周囲の環境の変化のためか、心身の安定を欠き、結果的に認知症が進むことが多い。
それによって、というか、こちらが先かもしれないが不穏になる人も多い。さっきまで普通だった人が、いま、ここがどこか分からなくなって暴れている、なんてことも多い。若い人でも例えば出先でホテルに泊まったりして、夜中急に眼が覚めたりすると一瞬、あれどこだっけ、ということがあると思う。おそらくそれが持続したりしているのだろう。
体力も落ちる。
1
週間動かなければ元に戻るために
1
か月必要な気がする。
100
の体力で入院しても、退院する時は
60
くらいかもしれない。入院するとすべての体調が良くなる、というのは幻想だろう。一生懸命、リハビリしてもらったりしながらなんとか過ごすというのが現状で、必然的に入院は辛いものだというイメージに繋がるのだろう。
そのおばあちゃんは認知症も進んだし、体力も落ちた。夜間は不穏になって周囲の患者よりクレームがつき個室に移った。一見すると「非常に状態の悪い患者」になってしまった。
ところが、である。たまたまぽっかりと1時間くらい空いた時間が出来た時があった。私は病気についてはよく管理しようと努めているが、その人がどんな人なのかとか、そういうことは自省をこめてあまりみられていないと思う。そんな後ろめたさがあったので、少しこのおばあちゃんのところへ行って話をしてみた。
すると普通なのである。もっと認知症、なのかと思っていた。昔住んでいたところの昆布採りの様子をまるで今現在、見ているかのように鮮やかに話す。また最近のことならお盆に親戚が集まってわいわいと飲み食いした様子も楽しそうに話す。もう大きくなっているだろうに、東京や京都に行った娘たちが心配だと話す。
このおばあちゃんの思いが話をしているとよくわかった。楽しかった思い出、心配事、いろんな思いがこの小さなおばあちゃんに詰まっているのが新鮮に思われた。思えば当たり前なのだけれども。
定期回診のとき、また話をしようと思ったら、話が通じなくなっていた。少し寂しい気がしたが、また会話してみようと思う。
[3回]
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2010
08,12
18:02
ほんの紹介
CATEGORY[未選択]
暑い日が続いている。
8
月に入ってからも熱中症やら何やらで、結構途切れることなく入院適応の患者さんがやってくる。病院は盛況である。
たまには臨床とは無縁の話をしよう。
私は本が好きで、よく読む。読む本に偏りがあるので、あまり他人に紹介したりはしないのだが、少し書いてみたいと思う。
「逝かない身体」川口有美子著;
ALS
の母を介護した記録。少し格調高いが、患者の心の動き、本音がつづられている。患者さんと接するとき、患者の立場でどんなことを考えているのか考えさせられた本。非日常が日常になったとき、それは自分の内面にどんな変化をもたらすだろう。支えねばならないと思いつつ、周囲を犠牲にすることをどう考えたらよいのだろう。矛盾を解消するには。いろいろ考えさせられた。
「沖縄の未来」大田昌秀、佐藤優著;あまりに沖縄の現状がひどいので読んでみた。結局、誰も沖縄について哲学的思想がないことがわかった。
「質的研究の方法」波平恵美子著;また、研究をしたいなあと思ったので読んだ。いのちに直接触れる分野で人間がどのように行動するか質的に探ってみたいと思った。結局は本書でも強調されているように絶対的な客観と言うものはなく、ひととひとの関係性を知ることで、社会がいのちを共有できたらと思った。
「「医師アタマ」との付き合い方」尾藤誠司著;自分の思考過程を解説されているような本。なるほど。こう考えていたのか。医療者が読むとよいのではないでしょうか。後半は話し半分に。
「宮本常一が見た日本」佐野眞一著;歩く巨人・宮本常一のルポ形式の伝記。日本に偉大な民俗学者がいたのだなあ、と感嘆。同時に同時代的な記録をとっていくことの必要性を痛感。医療という分野で何かできないものだろうか、と思った。
「憑神」浅田次郎著;浅田次郎にしてはまあまあか。期待しすぎかな。浅田次郎的な「プライド」が垣間見える。しかし、これを読んで今の日本は…と嘆くよりしたたかな庶民がいかに生きたかを大事にしたいと思うが…。
「昭和」ジョン・
W
・ダワー著;これは面白い。知らない昭和史がたくさん出てくる。一気に読める、読ませる。政治史もさることながら市民がいかに戦時を感じたか、戦後を生きたかがとても興味深い。
皆さんも面白い本があったら教えてください。
[3回]
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2010
08,02
12:40
休日の過ごし方
CATEGORY[未選択]
医者の不養生なのか風邪ばかりひいている。研修医のころは免疫がないせいかよく風邪をひいたが、今風邪をひくのは何故なのか。疲れているのだろうか。そういえば何となく陰鬱で気分も重たい。
こういうときはどこかに行って楽しい時間を過ごしたいなあと思う。旅行でも…。この文章を読む方、最近、自分のために時間を使っていますか?趣味にせよなんにせよ、仕事をするか、家で寝ているかになっていないか振り返って考えてみましょう。
というわけでもないが、札幌へ出かける機会があった。
北海道は今が最高の季節。日中に屋外で過ごすと少し汗ばむくらい。それでも日陰に入れば汗ばんだ肌が気化熱を奪われて少し冷たいくらいの気候。各地で短い夏を惜しむかのようにイベントが開かれている。昨日、札幌に行く機会があったが、大通りでは札幌シティジャズが行われており、その音を遠くに聴きながら私はテレビ塔の下でビールを飲んでいた。とても幸せであった。
なぜテレビ塔近辺に居たかというと、久方ぶりにライブを聴きに行ったのである。たまにこのようなことに接する機会があってもよい。
といってもまともなコンサートなどに出かける高尚な趣味は僕にはなくて、清水ミチコのものまねライブに行った。前から
8
列目の右端で、よく見えてよかった。
別にここで僕が力説しても何になるわけでもないのだけど、清水ミチコは天才だと思う。全く力を込めるそぶりを見せずにあそこまで人々を笑いと感動に満たす人がどこに居るのか。しかもものまねの中にその対象に対する愛を感じる。バカにしたり茶化したりするのではなくて、本当にその対象を好きになって、なりきろうとしているのを感じるのである。
ライブは桃井かおりや浅田美代子といった定番から新キャラのバッタもんや千の風になってなどいろいろ披露され黒柳徹子、矢野顕子に至る幕の内弁当のように多彩なラインナップ。素晴らしい。
CD
買ってしまった。天才だ。
というわけで、ここで言いたかったことは決して清水ミチコばかりをすすめているわけではなくて、人生を楽しまないといけないなあということ。私の同僚は勉強ばかりしていてたいへんなのである。みんなたいへん優秀なのだが、休んでいるのかな。
尚、このブログを初めて読んだ方。この文章だけ読まず他も読んでください。この文章だけではいまひとつ何のブログかわからないと思うので。あしからず。
[4回]
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2010
07,26
11:56
医者の本分
CATEGORY[未選択]
難しいことを難しい顔をしながら行うのが医療、というわけではない。発展途上国を見ればすぐわかるように、感染症や脱水、飢餓で亡くなる数のなんと多いことか。医療者は簡単なことですぐに治る病態を見逃してはいけない。
H
さんは
91
歳。元農家で屋外の仕事は私の仕事と決めている。そして
3
日間炎天下で草刈りをして動けなくなり救急搬送された。
診察する前よりどんな状態か想像がつく。食事は摂れていなくて、皮膚や腋下が乾燥していて、ツルゴールが落ちているだろう。体温は高く、少し脈が速いだろう。そしてデータでは少しヘモコン(濃縮)で、
CPK
やミオグロビンがやや高めか。もしかして血尿も少しあるかもしれない。
実際に到着するとその通り。少しぐったりして元気がない。無理をすれば
500
ほど点滴して帰ることもできたが、家にこのまま帰るのはちょっと…と家族。それはそうだろう。このまま食べられなければ明日また来なくてはならない。高齢でもあるし点滴目的で入院となった。
というわけで点滴。当日と翌日は少し多めに1リットルほど点滴。その翌日より心臓への負担を考えて
500ml
に減量した。
人間とは不思議なもので、普段意識していなくても生物なのである。特にこのような自然とともに生きて来た人はそう。点滴でものの数時間もすれば体に潤いが出て来た。当日の夕食はばくばく食べていた。翌日には元気、元気で少し不穏になった。そして
「私はなぜこんなところに入院しているのか。早く帰してください。」
とおっしゃる。素晴らしい。生命の素晴らしさを感じる。生物が生きる、その根源的なところを介助出来たような気がして嬉しい。なぜか患者さんからは恨まれているのだけれども。
医学は無限に広がっているので、人体のほんの数センチに対する専門家というのが各科にたくさんいらっしゃる。それはそれですばらしい医学の成功を示していると思う。しかし、我々は根源的な生命に対する畏怖とか尊敬とかを持って医療を行いたい。それらを毎日なんだかんだで味わうことができて幸せである(たいへんだけど)。
[5回]
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2010
07,19
11:00
撤退
CATEGORY[未選択]
家族、とつぶやいてみるとなんとなくつながっている気持ちになる。しかしこの仕事をしていると様々な人間、しかも生身のうそのない姿が見えてくるときがあってそれが辛くなることもある。家族はひとつの理想のもとつながりあっているわけではない。当たり前だが、いろいろあるのである。
大村さんは威厳に満ちたじいちゃんである。
80
を超しているが元・校長先生というだけあって理知的な印象である。しかし、であるが上に病棟のスタッフからは「素直でない」と少し疎まれていることも事実であった。
大村さんは学校を辞した後、ちいさなタバコ屋を開いた。昔からタバコだけが趣味で生きてきて、小さな街に趣味が高じて店を開き、結構繁盛したらしい。しかし年々呼吸が悪くなり動けなくなった。大村さんは夫婦
2
人暮らしで息子は東京に娘も道内ではあるが遠方に暮らしそうそう手伝いも、会いに来ることすらままならない。小さな店はひっそりと閉じられた。
病院にはしばしば入退院を繰り返すようになった。在宅酸素の導入も検討されたが在宅で看るものがなく酸素を使用すれば火の元も危ない、との理由で見送られた。息子と娘は肝要なインフォームドコンセント(説明)には姿を見せたが老いた父を見る気はなく、病院にできるだけ長く預かってくれ、公立病院なんだからそれが責任では、を繰り返した。大村さんの妻はそんな皆の姿を何を言うでもなく眺めていた。
やがて大村さんの妻は認知症の症状が強く現れるようになった。出された薬を飲み忘れる、約束した日取りを失念する、そんな症状が多く出るようになった。しかしそのことに一番早く気づいたのは病院のスタッフで、息子と娘は全く気づかず相変わらず介護のすべてを母にまかせていた。
妻は大村さんを看ることに疲れた。妻の口からも
「私は疲れた、何とかして病院に夫を預かってほしい。」
と言うようになり、そして大村さんは何度目かの入院をした。
大村さんは比較的、元気であった。一度、肺炎を起こしたが概ね、順調に過ごした。リハビリも行い、病棟では笑顔であった。痩せて呼吸もしづらかったが、酸素を導入すると倦怠感もとれまたもとの大村さんに戻った。
結局、大村さんはそのまま療養型病床を探すことになった。いつまでも入院しているわけにはいかないので、なんとか在宅酸素を導入し、介護保険の要介護度を上げ、身体障害者申請をし、受けられるサービスの幅をひろげ一時的に退院した。今はどこの療養型病床も満床である。何ヶ所か当たっているが、そのどこかが空床となるいつかまで今はひっそりと二人で自宅で過ごしている。
誰が悪いというのではない。息子は東京に基盤ができ、それぞれが一生懸命生きていることだろう。娘もまた然り。それだからこそ様々な人がそれなりに幸せに生きて欲しい。
家族にもいろいろなかたちがあり、人生にもいろいろなかたちがあるのだ。多少いびつでもみんなが一生懸命生きていればそれでいい。
[3回]
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TB[]
2010
07,14
12:46
日々の診療
CATEGORY[未選択]
今まで大きな病気をしたことがない69
歳の女性が悪寒戦慄を主訴に内科を受診した。
話を聞けば、何週か前より頻尿になり、受診前日にはぶるぶる震えるような、そして夏なのに分厚い布団をかけないと過ごせないくらいの寒さを感じるようになった。倦怠感で食事もとれず、これはまずいと思い、病院嫌いではあったが、家族の勧めもあり受診した。
バイタルは体温が高いほかは問題なし。ショックにはなっていない。血管を絞める必要はなさそうだ。しかし確かに
sick
な様子で敗血症などは鑑別に挙げたほうがよさそうだった。診察では左の
CVA
叩打痛が陽性。尿路感染、腎盂腎炎などが強く考えられた。
点滴ルートを確保し、血液検査や検尿、培養検査を提出。培養検査は血液培養
2
セットと尿培養。手順通り。そして迅速に腹部エコー検査を行い、尿路に閉塞がないことを確認。これも手順通り。考えられる限り教科書通りに臨床推論をすすめる。
検査が返ってくる。白血球
17000
、
CRP18.0
。白血球は感染を示唆する左方移動を示している。検尿ではタンパクとともに潜血反応、細菌が検出される。よしよし。推定通り。尿路感染症で矛盾しない。
このあたりで家族に途中経過を説明する。尿路感染の可能性が高いこと、現在はその程度やどんな菌がいるのか調べていること。食事も摂れずたいへんだと思うので入院が必要なこと。家族はふんふんと聞いている。
次に尿のグラム染色(どんな細菌が原因菌か尿を染色して調べること)を行う。陰性桿菌多数。ところどころ
貪
食像も見られる。いずれも代表的な尿路感染症の起因菌は陰性桿菌の大腸菌であるし、今までの所見に矛盾しない結果。これで診断確定だ。大腸菌による尿路感染症だろう。
ここまで来て患者の状態を見ながら輸液と抗生剤を決める。食べれていないな。尿にはケトンも出ていた。糖を加えたほうがいいかな。抗生剤はどうだろう。まさか
ESBL
産生菌ではないだろう。エンテロの可能性は少ないからユナシンは得策ではないだろう。しかしいきなり狭い範囲の抗生剤もいけないだろうか。ロセフィンあたりがよいだろう。よし、そうしよう。
結構、緻密に考えてひとりで満足する。これでよし。あとは
3
日後に検査をフォローして終了だ。今までのことをひととおり患者、家族に説明する。よくわかりました、そうですか…よろしくお願いします、と言われる。これでよし。自己満足して帰宅する。
そして
3
日後。患者は完全に軽快した。解熱し元気でもりもり食事を摂っている。そしてこう言う。
「あの、ところで私って食当たりか何かだったんでしょうか。」
いいんです。それでいいんです。私、誰かに褒められたくてやってるわけじゃないですから。ちょっとがっくりくるけど。
[2回]
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TB[]
2010
07,12
19:29
池澤夏樹講演会
CATEGORY[未選択]
7
月
10
日に札幌の近代美術館で開催された池澤夏樹講演会「博物館の中と外」に参加した。何かと忙しい毎日だが、こんな講演会に出てリフレッシュできるのはとても嬉しい。僕は以前より池澤文学のファンで池澤さんの作品を中学生くらいの時からいろいろと読んでいる。だから実際に著者に会えるということは感激であった。
実際の池澤さんは想像よりおじいさん、といった感じだった。世界中の話が本に書いてあるのでもっとたくましい人かと思っていたのだ。しかし知の巨人といった感じ。後ろの座席の人が連れの人と話していたのが聞こえたが「こういう人こそ本当の博学というのだ」という印象。まさに。
話としては同地で開催中のローマ展より話を始め、大英博物館のカリアティド、エルギンマーブルの話を経てイラクの収奪の話、宮本常一からアチックミューゼアムに至りパリ、ペルー、ゴーギャンに移るという
90
分の世界旅行。著者の「パレオマニア」の話が多かっただろうか。日本の博物館にも触れられとても興味深かった。知的興奮に満ちた講演でこんなに終わってほしくない、と思わせられる講演もなかった。
ここで強調されたこととして博物館は世界の生き方に対する興味を表現していること。そして見る者は対象に対する尊敬を持ち、それがどこに由来するのか自覚することの重要性であった。博物館は池澤さんもおっしゃていたが「世界の生き方のカタログ」なのであろうと思う。コンパクトに生の世界に触れることが出来るテーマパークのようなところ。大事なのは本物であるということか。
北海道でも例えば今でこそアイヌ文化は共生の文化として脚光を浴びているが、ほんの少し前はどうであったか。他者に対する共感はあったか。学術の対象として「標本」を博物館に展示する以外にメッセージを伝える機会があっただろうか。
近年は一方的であった展示の方法も徐々に変化があるという。アイヌの遺跡から発掘された遺骨を返還しようとする動きがあるのもその一環であろう。よいことだと思う。
講演から池澤さんの文化や好奇心や対象に対する愛が感じられた。このような機会を用意してくれた博物館協会に敬意を表したいし、また大勢の人が人間への興味を持って博物館を訪れるようになってほしいと思う。池澤さんはイトウの成長を楽しみに野付岬ネイチャーセンターに通っているそうだ。そんな楽しみ方もあるのかと驚いた。
ところでひとつ池澤さんに聞き忘れたことがある。博物館と言えば楽しいのはミュージアムショップだ。中をぶらぶら見学するのも楽しいが、ミュージアムショップでわけのわからないものが売られているのを見るのも楽しい。世界中の博物館を見た人はどんなお土産物を見たことがあるのだろう。聞けばよかった。
[2回]
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